個人的には、これほどまでに盛り上がらなかった総選挙もめったにない。民主党が勝つのは、それを仕掛けた側の既定路線上の出来事でしかなく、多少国民生活寄りに政策(公約)をシフトさせたとはいえ、本質的には差のない2大保守政党間での政権のキャッチボールにしか見えないからだ。
とはいえ、一方で、変えることが出来る、変えても良いのだという「民主主義の経験値」を上げることも出来たのだから、それはそれで評価したいと思う。小選挙区制で民意が必要以上に増幅されていることは、あえて横に置いて、だが。
多くの人々が、選挙によって起きた変化が、具体的にどう起こるのかをこれから体験することになる。善し悪しは別にして、その経験は貴重なものになると思っている。かつてのウクライナの政変にかこつけて、「民主主義の経験値」なんてことを言いつのっている者としては、この経験がどうこの国で共有されていくのか、その行き先に興味がある。
ようやく、この国でも冷戦時代の体制を変えるところまで来たと思っている。戦後アメリカに従属し、安全保障を肩代わりしてもらいつつ、急速な経済回復・成長を成し遂げ先進国の仲間入りをしたこの国は、アメリカとの関係はほぼ変更不可能、ひたすらかの国について行くしかないという思いが行き渡っていた。国のあり方について、いろんな議論が為されてきたが、アメリカとの関係だけはほぼ聖域扱いで、変更まかり成らぬという状態に置かれてきた。
それが今回の総選挙を通じて、曲がりなりにも「国のあり方」「政治のあり方」について、少なくない人々が考えただろう。それには、当然のことながら、最大の同盟国であるアメリカとの関係も否応なく含まれてくる。
今回の総選挙を通じて考えることを通して、そうやって否応なく関わっているアメリカとの関係も見直していいのだという考えが、少なくない人々の意識に残ったとすれば、その点については「経験値」を上げたこととして大いに評価したい。ただ本当にそうなっているかを確かめるのは、これからのことだが。
しかし、「変えた」まではいいが、その「変えた」ことを自らのモノにするのはこれからだと思う。何をどう変えるか、それによって何を目指すのかが問われるのはこれからだからだ。つまり、これからが本番だということだ。
今回の総選挙の結果は、すでに各方面で指摘されているように、民主党への期待より自民党的な政治に対する拒否の面が強い。そのため選挙戦では「変えること」が優先され、「何をどう変えるのか」ということが二の次に追いやられた。2005年の総選挙をちょうど裏返したような結果からは、残念ながら何をどうしたいのかが読み取れなかった。
いよいよ民主党政権が動き出すからこそ、何をどう変えるのかをきちんと注視していきたい。私にとって、民主党のマニフェストには、やってほしいこともあれば、やってほしくないこともある。どちらかと言えば、やってほしくないことが多い。そのひとつが衆議院比例定数の削減だが、同党はこんなことを言っている。
比例削減方針変えず=岡田民主幹事長 from 時事ドットコム
民主党の岡田克也幹事長は6日夜のNHK番組で、同党が衆院選マニフェスト(政権公約)に掲げた衆院議員の比例代表定数80削減について「比例中心だと第3党が主導権を持ち、かえって民意がゆがめられる。若干の比例を残し、ダイナミックに政権が代わる小選挙区を中心にした制度がいい」と述べ、あくまで削減を目指す考えを示した。
比例定数の削減には、同党と連立政権に向けた協議をしている社民党が反対しているが、岡田氏は「(削減は)多くの国民の共感も得ており、簡単には変えられない」と強調した。 (2009/09/07-00:18)
小選挙区制は比較第一党の勢力を大幅に増幅する性質のため、過半に満たない支持率が、圧倒的多数の議席となって現れる。そうした「見かけの多数」を得た勢力が、全面的な信任を得たわけでもないのに、圧倒的な権力を手にする。そしていったん手にした権力を、わざわざ弱めるようなことは、普通はしない。
その点から考えて、岡田氏が言うような、本当に比例削減が「多くの国民の共感」を得ているかは、小選挙区制の特性から考えて怪しいと思わざるを得ない。
先ほど、あえて横に置いた小選挙区制の問題点がここにつながってくる。結局民主党が得た「衆議院308議席」と、「何をどう変えるのか」という視点なり期待なりが直結していないことが、大きな問題になっていると感じている。
やはり、新たに登場した「巨大与党」に対し、「何をどう変えるのか」について正面から向かっていく必要がありそうだ。「変えること」を選んだいま、これから新政権とどう対峙していくか、国民ひとり一人が問われることになりそうだ。もちろん私も含めてだが。
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