まず思ったことを箇条書きに。
- 先の「日朝平壌宣言」に基づき、両国が話し合いで国交正常化を図ることを確認したこと
- その中で、北朝鮮が「6か国協議を通じて朝鮮半島の非核化が目標」と表明したこと、およびミサイル発射実験の一時停止(モラトリアム)を継続するとしたこと
- 拉致被害者の家族8名のうち、5名が日本に来て、家族一緒に生活できるようになったこと
- 日本が国際機関を通じて人道支援(コメ25万トン、1000万ドル相当の医薬品支援)を行うこと
- 曽我さん家族の来日が実現出来なかったこと
- 日本側が認定した10名の安否不明者および行方不明者について、日本も参加しての再調査を確認
- 北朝鮮が「平壌宣言」を順守すれば制裁措置発動せずと表明したこと
メディアの報道をみての評価なので、あまり突っ込んだ判断はできない。ただ全体をみて思うのは、1年8か月前の首脳会談で合意した地点に、ようやく立ち戻ってきたか、ということである。
前回の会談後、拉致被害者5名の帰国が実現し、今後のさまざまな諸問題についても、話し合いをベースに進むものと思っていた。なのに、なにをトチ狂ったのか対北朝鮮強硬派が経済制裁など強硬策を持ち出して対話路線をひっくり返してから、両国とも非難の応酬を繰り返すだけの状態に戻ってしまった。そしてその後は、彼の国の核開発問題なども出てきて交渉ごとを行うような状態ではなくなり、全く何も進展がなかったのは周知のとおり。
なんのことはない。日本側が強硬策を持ち出したことで日朝交渉は「壮大な遠まわり」をすることになり、結局なんの進展もないまま、気がつけば1年8か月前のスタート地点に戻っただけ、である。ただ、そういう経過で離れ離れにされつづけていた拉致被害者の家族8名のうち5名が来日することになったのだから、その分だけ前進したと言えるだろう。
そしてただ一人、家族との再開を果たせなかった曽我さんの件については、日本政府の怠慢の結果というほかないと思う。曽我さんの帰国から今まで、ジェンキンス氏の身柄の取り扱いについて、政府は何をしてきたというのか。本気で拉致被害者の家族を取り戻す気があるのなら、前回の首脳会談のあと、すぐにアメリカ政府と真剣に交渉して然るべきだったのではないか。同氏の最大の懸念が「アメリカ政府による訴追」であるのは、それこそ以前から分かっていたことであろう。1年7か月の間には出来ることは沢山あったはずである。いまさら「超法規的な対応を望む」などと言っているようではどうしようもないではないか。もし、なにか交渉したというのなら、その内容を出来うるかぎり公表してほしい。本当にやるべきことをやったのなら堂々と公表してほしい。アメリカ政府がどんな反応をしたのか、政府がどのように交渉したのか。重大な問題なだけに、真相をあきらかにすべきである。
あと「人道支援」の件についてもひとつ思うことがある。人道支援を拉致被害者家族の来日とバーターしたのではないかという疑問である。私は、彼の国への人道支援は必要という考えなので、今回の人道支援も基本的に支持する。しかし、政府の支援の持ち出し方は、まるで家族の来日と引き換えにという形にみえて仕方がない。安否不明・行方不明10名の再調査にしても、同様である。
人道支援と拉致被害者問題を、本当に「交換条件」にしたのかどうかはわからない。ただ、急な訪朝決定だっただけに、小泉首相は「何らかの成果」が欲しかったかもしれない。それが「拉致被害者家族の来日」であって、そのためには北朝鮮の求めるモノをある程度出す必要がある。そうだとしたら、そんな条件で行われる人道支援など本当の支援ではない。何らかの見返りを得るために出す支援など、「支援」とは呼べない。
そもそも北朝鮮は、先の大戦の清算が済んでいない唯一の国である。拉致被害ということで行けば、日本は北朝鮮に対して、その件はきちんと清算しなければいけない責任がある。
本来の在り方からははずれるが、どうせバーターにするなら、日本がかつて朝鮮に行った戦争被害の「清算」をきちんとすることをこそ、バーターにしたほうが良かったのではないか。少なくとも、日本が強制連行した朝鮮人についての調査を徹底的に行って、その結果に基づいて補償をすれば、それだけで北朝鮮の日本人拉致問題の解決に十分なプレッシャーになりうるだろう。過去に行った過ちを正すことは、十分に国家間の交渉のカードになりうる。北朝鮮から亡命したファン・ジャンヨプ氏が、北朝鮮には人道問題の追求が一番効くと言っていたが、そのとおりだと思うのだ。
だから、今回の訪朝の結果を受けて、また「経済制裁」などと強硬的な主張が出てきているが、私はそれには反対である。「期待した成果」を出すのなら、徹底して交渉ごとで解決すべきである。相手が信用できないからといって、相手に圧力をかけていくだけが大した成果を出さないことは、この1年8か月の経過が証明していると思うのだ。言いたいことがあるなら、徹底して交渉で追求していくことこそ重要だと思う。
拉致被害者の当事者や家族には、当然のことながら、北朝鮮政府に対して事件の真相の究明と解決、そして補償を求めていく権利がある。それははっきりしているのだから、その代表として政府は、前回の首脳会談の後で堂々と交渉すれば良かった話である。なのに当事者ではない者たちが強硬策をぶち上げてせっかく始まった交渉を中断させ、無駄に時間を費やして、被害者の人たちに無用の時間を過ごさせてしまったのではないか。そんな思いが強くある。
信用ならない相手だからこそ、徹底して話し合いをしなければならない。粘り強い話し合いを通じて、合意できることを探し、正すべきことを正すべく追求するしかない。そうでなければ相手を殲滅するしか方法がなくなる。しかしそんなことは絶対的に不可能だ。
今回の日朝首脳会談は、今後の両国の関係づくりの基本点を再確認したことにおいて評価できる会談と思う。外交で得点を稼ごうとした小泉首相の小ずるさ・拙速さはさておいて、「成果」は今後両国がちゃんと交渉を重ねていくことで、あとからついてくると思いたい。